「毛は守ってくれるもの」――そう思っていた。だが、ある日ふと、足の毛っている?、、、、剃ってみた。理由は単純だった。「こんな微妙な毛の量、守れんくない?むしろ毛があったら鍛錬中に感じる“蒸れ”や“摩擦”があるし邪魔じゃん?」
とりあえず、やってみよう!!
結果は、予想以上に良かった。機能面、精神面、見た目、全てにおいて満足
🌬️ 感覚が研ぎ澄まされる
毛を剃ったことで、空気との接触がダイレクトに皮膚に伝わるようになった。ストレッチ中、足に風が触れる感覚。HIIT後、汗が流れる軌道。瞑想中、座面との接触がより繊細に感じられる。
毛が“フィルター”として働いていたことに気づいた。それを取り払うことで、身体の輪郭が明確になり、感覚が研ぎ澄まされた。
🧼 清潔感と回復力の向上
汗をかいた後の拭き取りがスムーズになり、肌のベタつきが減った。柔軟や筋膜リリースの際、オイルやローションの浸透も良くなった。結果として、回復の質が上がったように感じる。
また、日々の鍛錬後にシャワーを浴びるとき、肌が“素肌”として感じられるようになり、自分自身との距離が縮まったような感覚があった。見た目てきにも清潔感が出た気がする。
🧘♂️ 鍛錬の“波”がよりクリアに
毛を剃ることで、鍛錬の“波”――負荷と回復、緊張と弛緩――がより明確に感じられるようになった。たとえば:
- 柔軟時の皮膚の伸びがダイレクトに伝わる
- スクワット時の太ももの張りが“面”ではなく“線”で感じられる
- 瞑想時の身体の境界が曖昧になり、意識が拡張する
これは、毛が“感覚の境界線”として機能していたことの裏返しでもある。
✍️ まとめ:毛を剃ることは、感覚の再構築だった
毛を剃ることは、単なる美容や清潔のためではなく、身体との対話を深める手段だった。鍛錬者として、感覚の純度を高めたいなら、一度“毛のない自分”と向き合ってみる価値はある。
ただし、単純に毛を剃っただけなのですぐにツンツンとした毛が出てくるので1週間に1回は剃らないといけないので結構手間ではある。筆者は入浴の際に毛を剃ってるが30分くらいかかってしまう。また、お尻付近の毛は剃りにくくて、剃ってる姿を見られたら一発アウトだから気を付けよう。よく右だけ残ってたりするし。



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