1. 初めてのパチンコで人生が狂い始めた日
初めてパチンコを経験したのは、もう20年ほど前のことだ。
友人と受けた資格試験の帰り、気まぐれで立ち寄った近所のパチンコ店。
機種は「オアシス」。社会人なり立ての自分には、あの騒がしさと賑やかさが新鮮で、胸が一気に高鳴った。
そして、その日は“勝ってしまった”。
今思えば、あれが幸運ではなく不幸の始まりだった。
2. 若い時間と給料を溶かし続けた20代
一度勝ったことで完全に虜になり、休みのたびにパチンコ店へ通うようになった。
給料が入ればパチンコへ。負けてばかりなのに、やめられない。
才能はなかった。給料日の次の日には給料が無くなっている時もあった。
勝てない。
でも行く。
若い時間とお金をひたすら燃やし続けた。
お金はまだいい。
働けば取り返せる。
しかし、若い時間は二度と戻らない。
もしあの時間を自分を高めるために使っていたら、今頃英語ではなくフランス語を話していたかもしれない──そんな妄想すら浮かぶ。なんて勿体ないことを、、、、
3. 結婚後も続いた“中毒症状”
結婚してからもパチンコ通いは続いた。
土日になるとソワソワし、家族時間もそこそこに「早く行きたい」と思ってしまう。
完全に中毒だった。家族にも、特に妻には大きな迷惑をかけ続けてしまった。
4. コロナがもたらした“強制停止”
転機はコロナ禍だった。
パチンコ店のクラスター問題が話題になった頃、妻が言った。
「パチンコでコロナもらったら恥ずかしいから行かないで」
その一言で、行くことができなくなった。
「まぁ今は仕方ないよな、周りの目もあるし」と思いながら、しばらく控えていた。
控えて暫くたったある日、妻がこう言った。
「辞めたの?すごいじゃん!」
いや、辞めてない。
控えているだけだ。
でも、言えなかった。
さらにしばらくすると、今度は義母まで。
「辞めたの?すごいじゃん!」
……妻よ、やってくれたな。
5. 気づけば“辞めていた”
気づけば、パチンコを辞めていた。
妻の一言。
義母の一言。
家族の期待。
自分のプライド。
それらが重なり、長年続いた中毒が静かに終わった。
6. パチンコを辞めたことで得たもの
もし今もパチンコを続けていたら──
今のように、鍛錬も、読書も、勉強も、家族の時間も、確実に持てなかった。
タバコもパチンコも、人生の大きな人生の矯正はいつも妻がきっかけだ。
ありがたいことに、今の自分はあの頃よりずっと“自分の時間”を生きている。

